← 投稿一覧

サイバーセキュリティのリーダーシップ

もう髪をとかすのをやめてもいい!

Kin Levi
Kin Leviとパランティア(Palantir)共同創業者アレックス・カープ(Alex Karp)の写真。

私たちは他人の評価にどれほど注意を預けているのかと考えます。髪、服、表情は、一瞬で判断の材料になります。私はその力を、取り組む価値のある仕事と、自分が責任を負う結果に向けたい。写真が残す一瞬をきっかけに、何を大切に働くかを見つめ直したいと思います。

くしを比喩として考える

身だしなみや相手への配慮は大切にしています。ここでのくしは、際限なく承認を求める習慣の象徴です。見た目を気に入ってもらえないかもしれないという理由で、どれだけ判断を先延ばしにしているでしょうか。自分では選んでいない期待に合わせるために、説明する価値のある考えを引っ込めていないでしょうか。

役に立つ批判には耳を傾けたい。同時に、相手に与える印象をすべて管理しようとしている自分にも気づきたい。その努力には自然な終点がありません。経営には、撮影が終わってからも残る問題に向き合う時間が必要です。顧客の不便、チームの迷い、製品の不具合は、写真の印象が良くても解決しません。

だから私は、整えたあとに完全さを手放す余地を持ちたいと思います。変更しようとするたびに、それが相手への敬意や仕事の理解に役立つのかを確かめる。承認のためだけの調整なら、使う時間を決め直す。他人には好みがあり、私には進めるべき仕事があります。その両方を認めることで、注意を取り戻せます。

カープについて考える難しい問い

アレックス・カープを髪形だけで捉えたり、パランティアを一つの論争にまとめたりすると、必要な議論が抜け落ちます。Palantir は防衛に使われるソフトウェアを開発しています。カープは同社の DGSI に関する発表で、人々を守る活動への支持を表明しています。これは公に述べられた立場です。

深刻な脅威に対処し、人々を守る技術には道徳的な価値があると私は考えます。異論を受けながらも、その仕事を引き受ける姿勢に敬意を持ちます。そのうえで、目的、権限の範囲、個々の利用による結果を確かめたい。人物の独特な雰囲気や企業名だけでは、その用途を評価するための情報は足りません。

私の信念は、すべての運用が問題を防ぎ、望ましくない影響を生まないという証明にはなりません。良い目的にも検証が必要です。責任ある保護の仕事を支持しながら、境界と修正の仕組みを求めることはできます。新しい証拠によって問題が見つかったときは、一貫した人物に見られることより、その問題に対応することを優先したい。

良心は働き続ける

外見を気にする時間を減らすほど、自分の判断基準を明確にする必要があります。誰が影響を受けるのか。どんな証拠が選択を支えるのか。誰が中断できるのか。何を知ったら考えを変えるのか。拍手があるときも、期待した結果が得られないときも、答えられる問いでなければなりません。

私は、印象についての言葉と、行動の結果への指摘を区別します。髪についての冗談は流せても、根拠のある懸念は調べ、必要なら直す。相手の言い方が心地よいかどうかだけで、指摘の正しさを決めないようにしたい。まず内容を理解し、それから対応を考える。その順序を守るには、自分が知らないことを認める姿勢が必要です。

世間の承認は良心の代わりにならず、確信にも点検が要ります。気にしないという態度を、聞かない理由にはしたくありません。大切な決定では、根拠と残る疑問、次に見直す条件を書いておく。後から何を知り、なぜ行動し、何を修正したかを説明できる状態を目指します。無謬の印象を守るより、その記録のほうが役に立ちます。

私が経営に持ち込むこと

技術とサイバーセキュリティのリーダーとして、私は考え方、誠実さ、有用な仕事で人を評価したい。見慣れた外見でも判断を誤ることはあり、型にはまらない人が真剣な貢献をすることもあります。価値を決める前に、仕事を理解する必要があります。説明が上手な同僚にも、静かに重要な問題を見つけた同僚にも、話す機会をつくりたい。

異なる意見には、理由を説明してもらいます。その意見が実際に判断を変えられる余地を残したい。そして基準、担当者、結果の確認方法を記録する。問題が出たら、何を直すか、誰が担うか、改善をどう確かめるかを話す。こうした具体的な仕事が、人物の印象よりもチームの信頼を支えると私は考えます。

この写真は、私と Alex Karp の出会いを記録したものです。ここに書いたのは私自身の考えであり、記録していない会話を再現するものではありません。写真を意見の一致の証拠として扱うつもりもありません。独特な姿勢から学びながら、公の主張については自分で考える。尊敬することと、判断を任せることの間には、保つべき距離があります。

印象より先に確かめる

例えば、緊張した同僚が新しい案を説明するとします。私は、解決する問題、根拠、まだ分からない点を先に聞きたい。そのあとで代案や必要な条件を検討します。話すことへの慣れと、考えの質を別々に見るためです。これは架空の場面ですが、会議で何に注目するかを具体的にしてくれます。発表が滑らかでなくても、重要な発見が含まれているかもしれません。

反対に、整った提案にすぐ好感を持った場合にも、同じ問いを向けたい。誰が使い、誰が負担し、条件が変わったら誰が見直すのか。見せ方によって審査の基準を変えたら、証拠の場所を印象に譲ってしまいます。その偏りを同僚が指摘できること、私がそれを受け止めることも、責任ある判断の一部だと思います。

考えを変える道を残す

重要な選択には、見直す条件をあらかじめ書いておきたい。前提が確かめられなかった場合、想定していない人への影響が分かった場合、実行条件が変わった場合です。チームは私という人物の評価を決着させる前に、案の修正を話せるようになります。決定と自分の体面を少し切り離すことが、誠実な点検を支えます。

公の議論でも、元の発言を確かめ、事実と自分の解釈、まだ調べるべきことを分けたいと思います。相手を理解することと、結論をすべて受け入れることは同じではありません。異論には具体的な理由を添えたい。人の雰囲気を思考の近道にせず、賛同しても反対しても話を続けられる姿勢を、私は大切にしたいのです。

自分以外にも、同じ余裕を残したいと思います。疲れていたり、カメラの前で緊張していたりする人に、一度の見え方だけで結論を出さない。何を考え、どんな仕事をしたのかを説明する機会をつくる。私が受けたい評価のあり方を、まず自分の評価にも使いたいのです。

会議のあとには、明確になった問い、担当が決まった行動、まだ残る疑問を確かめたい。その三つがあれば、良い印象が残ったかどうかより、次に何をするかを考えられます。

くしが最大の心配事になっているなら、しばらく机に置いてもよいと思います。自分の仕事、影響を受ける人、修正する覚悟に、もっと注意を向けたい。次の決定では、どう見られるかを考える前に、取り組む価値があるか、方法は責任あるものか、根拠は十分かを問いたい。写真が画面から消えても、その選択はチームの日常と私の責任の中に残ります。

Kin Levi